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いざ!
あなたにあいに
いつだって、今だって



「いーたーん、100円拾ったー」


また来やがったこのガキ


ぼくは溜め息を吐いてひとつ幸せを無くした


「で?今日はどこで拾ったのかな?」

「心無しか棘を感じるぞ」

「話を逸らさない」

「今日は〜、えっと鴨川の辺り」

「おや、一昨日も鴨川じゃなかったっけ」

「俺金運いいんだよね」

騙されるか!




***
ぼくは鴨川近くの小さな交番で警察官を勤めている
親しみ易く言えばお巡りさんだ
         . .
ここ鴨川辺りは、最近までは平穏で過ごし易い空間だった
ああ、警察官になって良かった
事件なんてここ数年何にもないし

当たり前だ
だってここ京都だもん
↑意味不明

なんてお気楽な思考のぼくがいても交番はきちんと回っている

ああ平和だ
このまま穏やかに定年迎えて退職して花束贈呈なんかもあったりして祝福されて

こんな未来を想像してぼくは過ごしてきた



少なくとも、

今までは



どうしてこうなった
なにが原因だ?
ぼくが悪いのかそうなのか?






***
5月

平和だったはずの京都に、嵐がやってきた



連続通り魔殺人事件なんてドラマでもあるまいし
とか思ったけれど、事実は事実









5月

平和だったはずの交番に、嵐がやってきた


なんだか奇妙な奴が交番を訪れ始めた
顔面に刺青
サイド刈り上げ
両耳にぴあす!
極めつけにへんな色の髪の毛
おいおい、その阿呆毛はどういった構造になってるんだ


しかもそんなファンシー且つトリッキーなガキは毎日来るのである
ぼくの勤務中を狙って

そいつはいつも落とし物を拾ってやって来るのだから追い返すわけにもいかない

しかしなぜ毎日のように落とし物を見つけることができるのだろう

エスパニョールエスパニョーラ並みのエスパーなのかと最初は疑っていたのだが←ちがう
どうやらそいつが落とし物を拾ったというのは方便らしいと今更ながらに気付き始めた











***
「毎日毎日君もほんとご苦労様」
少々の嫌みを込めて言う

「なあに戯言吐いてんだよいーたん、どうせ暇人の癖に」

「こう見えてもぼく忙しいんだぞ。この頃連続通り魔殺人事件がここらへんで起きてるの、知ってるだろ?その事件のせいで市内徘徊の当番が増えたんだよ」


そいつは一瞬顔を強ばらせた

「犯人挙がってんのか」

「挙がってたらとっくに捕まえてるよ。あーもう、ぼくの読書タイムを返せ殺人鬼」

「―――

「?なんか言った?」

「別に」
まあいいけどさ





ぼくは何も解っちゃいなかった

本当に、何も











そいつがその時どうして顔を強ばらせたのかとか、

微かに耳を掠めたことばは何だったのかとか、


そんな些細なことに気付けないなんて











***
相変わらずそいつは交番通いを続けている

可愛い女の子が目当てならまだ解ると言うものだが、こんな男で冴えないぼくに会いに来て何が楽しいのだろう


気付けば辺りは暗くなり始めていた



不覚にもぼくはそいつとの会話に没頭して仕舞っていたらしい

「もう暗いから帰りなさい」そう言うと、渋々という感じではあったが帰ってくれた


危ない危ない
もう直ぐ徘徊の時間だ

フィアットに跨り、ぼくは京都の街へと繰り出した









***
市内の担当区域はほとんど徘徊し終わりあと一息だ


フィアットをのろのろと走らせていると、さっと何か白いものが視界を掠めた
何だろう

一旦フィアットから降りて白いものを追っていく


そこにいたのは、あのガキだった

全く、早く帰りなさいって言ったのに


「おい、もう暗いから――――」
言いかけて


ぼくは目の前で繰り広げられる光景に目を疑った


手際は物凄く鮮やかで
まるで一種の作品だ
繰り広げられる赤い赤い
繰り広げられるナイフ捌き
美しくて
ぼくは何も出来なかった




ぼくは、そいつを逃がした

何故だろう
何故ぼくは奴を逃がしたのだろう
いくら考えても答えが出ないその問いにぼくはただ唇を噛み締めることしか出来なかった

「はは、ぼくは警察官失格だな」





***
翌日
何時ものようにそいつはやってきた

昨日と同じ白い髪が目についた
「髪の色、戻したら?」

「はあ?なんでだよ。俺この色気に入ってんだよ」

「そう」

何も解ってない
何も解ってないよ、君という奴は


「何いーたん、この色嫌いなの?だったら今度は銀色にしよっかな」

「巫山戯たこと言ってないで。今日は何も拾ってこなかったんだろ?雑い仕事を授けよう」

「要するに雑用かよ」
ちぇーとか言いながらも、書類に手を伸ばしている





「いーさん、ちょっと」
電話係のおじさんがぼくを呼んだ

「なんですか」
「本部からだよ。ほら、例の連続通り魔殺人事件の」



ぼくは必死に感情を殺した
今動揺を感づかれてはいけない


「はい、はい、……ええ、そうです、………失礼します」

電話を切って
ぼくは覚悟をきめた



上手く殺さなきゃいけない
自分も、そいつも







やがて殺す準備を整えたぼくは、帽子を目深に被り鍔で顔を隠した
顔を見られたら、泣き出しそうな顔が見えてしまうから
最後位格好つけさせてくれよ





さあ、序章は終わりだ
ぼくが君を、終わらせてあげる
ぼくが君を、傷つけてあげる
ぼくが君を、助けてあげる



ぼくはぼくを、殺す









「いーたん、なんだって?」

「…るさい」

「は?」

「五月蠅いんだよ
いつもいつも――君と話してるとむかむかしてたんだ
邪魔なんだよ、君が
笑いかけてくれて嬉しかったり、そういうの本当は演技だったんだよ
全部嘘、嘘、戯言だ
言っただろ、ぼくは容赦ないんだ
君のことなんて有象無象にしか見えてないんだよ
去ってくれ
今すぐに
もう君なんて見たくもない
ぼくの前から消えてくれないか
ぼくの前から消えてくれないか

目障りなんだよ
目障りなんだよ




「いーたんの、馬鹿野郎っ!」
そう叫ぶと、奴は交番から飛び出した






それでいい


「君の為なんだ、ここからはやく、逃げて…」









「いーさん、まさか…、あいつ、殺人鬼の……」



おじさんはすぐに本部に電話をかけた



「殺人鬼が、たった今交番から出ていきました」

電話を切るなりおじさんはぼくを見ていう

「あんた…ただじゃ済まないよ。何も見なかった事にしといてあげるから、早くあの子を追いかけてやんな」







――っ








不思議なことに躊躇いはなかった
自然にぼくの足は動いた
今までの生活を捨ててまで君を追いかけているぼくは、今更ながらに滑稽だと思った


走っていく方向は当てずっぽうだったのに、何故だかそこにいるような気がしていた



君は、そこにいる



鴨川で見つけた白い頭

橋の下でうずくまっているその白いものに、ぼくは声をかける

「お名前は…?」

「…零崎人識」

「そう。零崎人識っていうんだ」

初めて聞いた君の名前

何故今更聞く気になったんだろう


「知ってたんだな」

「うん」

「なんで見つけた時逮捕しなかったんだ?」

ぼくはそれに肩をすくめることで返事をした
「わかんないよ。そんなの。ぼくが一番わからない」

そいつは顔をようやく上げてぼくと目を合わせた

「なあ、なんで追い掛けてきたんだよ」

「まだ気持ちの整理が出来てないんだ。でも、これだけははっきりと言える。君のことは嫌いじゃないよ」

「かは、素直じゃないのな」


「ねえ、零崎、」

「待て、俺が言う。つーか俺に言わせろ」

ぼくは黙って続きを待つ
きっと言おうとしてることは一緒だから



そいつは立ち上がって、後ろを向いた


そして、歩き出す


「行こっか」


どこに、なんて聞かない


君と一緒なら


「うん」

返事をしてぼくも歩調を合わせて歩き出す



君と一緒なら




さあ、踏み出そう
そこには、僕等だけの世界が、開いてるはずだから





end.


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